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題目=神様を知る事は。

 投稿者:金応守牧師  投稿日:2009年11月 1日(日)17時15分4秒
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  本文=箴言1;7.9;10.詩111;10
             2009.11.1。説教。
全ての植物には息があります。全ての動物には息と命があります。人生は息と命(生命)がありますが、しかし人類は息と命(生命)と又霊があります。ですから人類は息を吸う霊者で(創2;7)宗教を持ち神を信じるのです。人類が思い浮かび出した神が沢山あります。真の神とは違います。
1.イエス様は真の神様を知り、其の神様を拝む事が人間には永遠の命に成ると教えました。ですから創造主なる唯一の真の神様を知る正しい宗教が永遠の命になるので御座います。てすが、もっとも,神を知るということは,単に神についての知識を持つということを意味する事たけをじゃなくて、
2. 神様が御子なるイエスを通して人類を救う業を知る事までを、神様を知る事だとイエス様は語っています。人類救いの業は、人類の罪を赦し救う為、十字架で血を流し命を捧げ死亡して墓から復活した業で、その人類の救い主なるイエス様を信じる事です。ですからここでは「子」と言う代りに救い主の名の〈イエス・キリスト〉という言葉が用いられでいます。この言葉はヨハネ書1:17と17;3、だけに用いられています。
3.真の神を拝み恐れる事が神様を知るもう一つの事でしょう。
箴言1;7。は箴言本書の中心主題で.主を恐れることは知恵のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。これと同様な言葉は9:10と詩111:10にも見られます.なお少し表現の違うものとして箴言15:33,ヨブ28:28を挙げることが出来ますが.
「主を恐れる」とは単なる神に対する恐怖心を指しているのではなく、人間として,主権者である神の前にひれ伏して,畏れかしこむ畏敬の念を表しています。聖書が我々に示しているのは,神様は創造主であり,人間はその神様によって造られた被造物であるということであります。それ故,人間は神様の絶対的主権を認めて,その前に畏れをもってひれ伏し,神に全く服従しなければならない.
4.ここにこそ,人間の真のあるべき姿があります。このことを知り,認めることが,人間の生きていく上での基本的な事柄であり、単なる人間的な道徳的教訓の集積ではないのです。現代の人間たちは人間の価値を知能指数や偏差値で計ろうとし,学校教育も単なる知識の詰め込みにすぎなくなっています。正しい宗教は正しい教えにでも御座います。教育の基本は神を畏れ神に服従することを教えることであるのですから.イスラエルの家庭では子供に対して父親が何よりも、先ず,心を尽し,精神を尽し,力を尽して主を愛することを教えたが(申6:4‐9),これは主を畏れることを教える実例であったと言えます。
主を畏れることこそ,あらゆる人生の出発点であり基礎であるので.〈愚か者〉とは知能指数の低い者という意味ではなく,創り主なる神様を恐れも主を知ろうともしない者を意味しで.そのような者は霊的知恵を、まったくもって無い者で神様の教えも訓戒をも受容する態度に欠けているから,進歩も成長もない結局永遠とは関係ない滅びの人生でいるのです。
 
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