新着順:9/446 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

題目=肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和であります。(1)

 投稿者:金応守牧師  投稿日:2009年 9月13日(日)17時27分13秒
  通報
  本文=ヨハネ3;5〜7.ロ8;5〜14.

本文はイエス様とニコデモの対話です。ニコデモは本書にだけ登場する人物であるが,徐々にイエスとのかかわりを深めていくので(7:50,19:39).〈指導者〉(1)と訳されています。〈ギ〉アルコーンは,7:48で「議員」と訳されているように,ここでもユダヤの最高議会サンヘドリンの議員を指しています.夜にイエスのもとを訪ねたことがわざわざ記され、議員という立場上,人目を避けてのことでありましょう。
 早速く神の国を見たい(3),神の国にはいりたい(5)ということが話題の中心になったそうです.神の国(神の王的な支配)という終末的な概念は,イエスの宣教の中心を成すものであったが(マコ1:15),本書ではここにしか出て来ないのですが.しかし,それはしばしば〈永遠のいのち〉(15)という概念と互換性をもって語られます(マコ10:17と同10:23を比較),
神の国ということに関して,本書ではこちらのほうが多用されますが.;熱心党;は武力をもって立ち上がる時それを招来し得ると考え,;パリサイ派;は律法の遵守によってもたらし得ると考えていました.
しかし,イエスは〈新しく(あるいは「上から」)生まれ〉る(3,7)という受動的な概念を述べました.〈ギ〉アノーセンには「新たに」と「上から」(31,19:11,23)の両方の意味があるので,本書の本来の読者は「神によって生まれた」(1:13)という光のもとでそれを理解して,「上から」すなわち「神から」の意味にとったであるでしょう.けれどもニコデモはそれを〈もう一度,母の胎にはいって〉(4)と理解したのだから,「新たに」という意味にとったのであるのです。
 〈水と御霊によって生まれ〉る(5)が具体的に何を指すのか,解釈が分れる.本書が今まで述べてきたところから理解すれば,〈水〉はバプテスマのヨハネの洗礼を意味し,〈御霊〉はイエスによる霊のバプテスマを通して与えられる霊的な新生を意味するととるのが最も自然でありますが.イエス様は、肉から生まれたものは肉である。霊からうまれたものは零である。と語りました。(6)
しかしながら,本書の著者も読者もキリスト教の洗礼を知っているわけであるから,ここでの〈水と御霊〉という表現にキリスト教の洗礼を読み取らせようとしているのかもしれない.恐らくヨハネはここで洗礼を念頭に置いていたであろう).なお,〈水と御霊〉の組合せについては,「水と御霊によって生まれる」ことが,ここでは更に十字架と復活のイエス・キリストへの信仰と関連を付けられ、神の国への入国の話は〈永遠のいのち〉(15)の話題へとつながっていきますから。
 
》記事一覧表示

新着順:9/446 《前のページ | 次のページ》
/446